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花時計

モデル撮影会(石光寺)

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    石光寺及び(株)ライフインパクト主催の「モデル撮影会」が奈良県葛城市の石光寺境内で平成22年4月28日に行われました。明け方まで降っていた雨も止み晴天に恵まれ絶好の撮影日和となりました。葛城市のマスコットキャラクターの「蓮花ちゃん」が応援に来てくれて花を添えてくれました。巧みなスタッフの皆様の進行で和やかな楽しい撮影会になりました。有り難うございました。 モデルの「ゆきちゃん」のプロフィール ・ 鳥居ダンススクール所属 「ゆきちゃん (曽我 友紀子)」 ・ 教室:豊中教室 ・ 級:スタンダードC級、ラテンアメリカンB級 ・ 誕生日:12月3日

風鈴まつり

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    夏の風物詩、恒例の奈良県橿原市の小房観音の「風鈴まつり」が、今年も7月1日から行われています。8月31日まで日本各地の風鈴展示会・即売会も同時に行われています。 小房観音 高野山 真言宗 別格本山 〒634-0075 奈良県橿原市小房町6-22

案山子

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    収穫の秋、恒例の奈良県高市郡明日香村稲渕の「案山子コンテスト」(今年の課題は「むかし話」)の応募が8月31日に締め切られました。 稲渕の案山子ロードに今年も展示されていますので早速(9月1日に)撮影に出かけました。今年(2008年)で13回目を迎えますがどの作品も素晴らしく力作揃いでした。年々レベルアップの感です。 第13回  案山子コンテスト 9月21日(日)午前9時~ 午後3時 表彰式 奈良県高市郡明日香村稲渕「案山子路」

飛鳥の朝顔展

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    飛鳥の朝顔展 国営飛鳥歴史公園館前(国営飛鳥歴史公園高松塚周辺地区内)で、「飛鳥の朝顔展」が8月31日まで開催されています。「アサガオ」といっても、単なる「アサガオ」ではなく、「変化アサガオ」を展示しています。「変化アサガオ」は一般的なアサガオより葉や花などが様々に変化しているためにこの名が付きました。 時 間/9:30~17:00 場 所/国営飛鳥歴史公園館 参加費/無料

石光寺境内の花

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    慈雲山 普照律院 石光寺 住所: 〒639-0273 奈良県葛城市染野387番地 TEL: 0745-48-2031 FAX: 0745-48-2040 花のまんだら~中将姫ゆかりのボタンの寺 大和路の二上山のふもとにボタンの花で有名な石光寺がある。 境内には五千本、五百種類のボタンが、4月下旬から5月上旬までけんらん豪華に咲き乱れ、さながら花の浄土図を現出する。また、11月から1月ごろ咲く、ワラ帽子に包まれた寒ボタンも見もので、冬咲きのボタンはここだけのものという。 もともとボタンは薬用として中国から伝えられ、古くから石光寺に植えられていた。この寺の草創は約1300年前、天智天皇(668~671在位)の勅願で建てられ、役小角(えんのおづぬ)の開山と伝えられる。境内に奈良時代前期といわれる塔の大心礎があり、平成3年には弥勒堂改築に伴う発掘調査の結果、日本最古の白鳳時代の石仏(当時の本尊)と他に瓦や仏せん(せんぶつ)が出土している。 開山当時は三論宗、鎌倉時代には真言宗に変わり、さらに浄土宗に転じた。 別名「染寺(そめでら)」とも呼ばれ、中将姫(747~775)ゆかりの「染の井」と「糸掛桜」がある。右大臣藤原豊成(704~765)の娘、中将姫は美貌で知られたが、17歳で出家、当麻寺にこもるうち霊感を得て蓮の茎を集め、糸を採り出した。そして石光寺の庭に井戸を掘り、糸を浸したところ五色に染まった。それが染の井で、傍らの桜の枝にかけたのが糸掛け桜。中将姫はその蓮糸で一夜のうちに当麻曼茶羅を織りあげたという伝説がある。 境内にはボタンのほかにも、四季おりおりの花が絶えることなく、訪れる人を飽きさせない。団体であれは予約すれば法話が聞ける。当麻寺へも徒歩10分なので寄ってみるといい。 浄土宗新聞平成2年4月号より記載
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2017年1月 1日 (日)

謹賀新年

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2016年10月 5日 (水)

秋桜

藤原京跡(奈良県橿原市)で撮影

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2016年9月 2日 (金)

ホテイアオイ

ホテイアオイ【布袋葵】
ミズアオイ科の水生の多年草。多数のひげ根が水中に垂れ、葉は卵形で、葉柄の基部が大きく膨らみ、浮き袋の役をして水面に浮かぶ。夏、花茎を水上に出し、淡紫色の花を総状につける。南アメリカの原産で、明治中期に渡来し、暖地の池などに野生化。ウオーターヒヤシンス。布袋草。《季 夏》

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後方の山は大和三山の一つの「畝傍山」です。

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本薬師寺(もとやくしじ)は、奈良県橿原市の東南に位置する藤原京の薬師寺と呼ばれた寺院。後に持統天皇となる皇后の病気平癒を祈って天武天皇が建立を誓願した官寺である。平城京遷都で薬師寺が西ノ京に移ると、西ノ京の「薬師寺」と区別するために「本薬師寺」と称されるようになった。本薬師寺は「元薬師寺」とも記されるほか、平城京に造営された薬師寺(平城京薬師寺)に対して、「藤原京薬師寺」などとも呼ばれる。これまでの発掘調査により、およそ11世紀初頭まで存続していたことが認められている。
現在は、橿原市城殿町(きどのちょう)の医王院(白鳳山醫王院)の境内に、伽藍の遺構のうち金堂の礎石の一部が残る。また、東塔や西塔の土壇および心礎などの礎石が周囲の水田に残存しており、本薬師寺跡として特別史跡に指定されている